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久々に映画館で映画鑑賞をした。
今年初めての映画鑑賞では。
昨年は確か3回映画館に行った。
7月は所用の出先で時間潰しついでに、好きなアイドルグループのドキュメンタリを。
9月は知人に誘われ、好きなアイドルグループが主題歌を担当していたアニメーションを。
12月は友人と約束をして、高校生の恋愛模様を描いた少女漫画原作の邦画を。
2013年と2014年は映画館に行った記憶が無い。
2012年は1度だけ覚えがある、学校の課題のため必要に駆られ。

自宅にて、レンタルやダウンロードをしたりTV放送されているものをみたりという事も殆ど無い。
嫌いではないが、見始めるまでの過程が億劫なのだ。
今回は他人と行った。
文化的な生活をしたいという思いの中にある程度コンスタントに映画を見たいというのもあるのだが、何分この性分である、気持ちだけでは動けない。
他人との予定という事であればまだ。
それでも行けない時は行けないけれど。
今回は行けました。

題目は『スポットライト』。
以下ネタバレになる内容が含まれてくるかもしれないのでお気を付け下さい。
アメリカ合衆国はボストンが舞台、地域の新聞社グローブ紙の記者達が、児童虐待を繰り返す神父達とそれを長年放置してきた教会の隠蔽体質を暴き出す、という実話に基づいた作品であった。

私は性というものを考える事が、好きであるとか趣味であるというと語弊があるが、興味関心がある方だと思う。
セックスの意でもジェンダーの意でも。
本来禁欲を義務付けられている筈の神父が立場を利用し児童相手に小児性愛的欲求同性愛的欲求をぶつけてきた、というスキャンダル。
物心ついて以来セクシュアリティに悩み続けてきた自分としては、性愛性欲の向かうところというものをいちいち自分に引きつけて考えてしまって、話の本筋とはずれたところで泣いてしまった。
子どもたちが可哀想で泣いていたのと訊かれた、違うの、フラッシュバックに近い現象。
私は性的虐待、性的被害というものに遭った事は無いけれど、性とはという事を頻繁に考えてしまっているせいで過敏になっているのだろう、ちょっとした他人の一言や行動にいちいち勝手に傷付いてしまう事がある。
悪意ではないし、無意識的にしろ結果的に悪、というようなものではないのに、自分から斬られにいっているようなものだなとそんな事はやめたいと思うのだけれど。
もっとフラットに物事を見つめたいし、穏やかに生きたい。
客観視も俯瞰も苦手です。

もうひとつ思った事。
無知も無関心も罪である。
悪意の有る無しでは無い。
正しく生きたいと思った。
間違っていないからといって正しいとは限らない。
常に攻撃的なまでに正しくありたい。